大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和62年(ラ)168号 決定

抗告人

淀化学工業株式会社

右代表者代表取締役

松田雅也

右代理人弁護士

田宮敏元

相手方

北陽株式会社

右代表者代表取締役

中田昭吾

相手方

中田昭吾

相手方

中田福太郎

右三名代理人弁護士

荒谷一衞

鷹野正義

主文

原決定を取り消す。

本件移送の申立てをいずれも却下する。

抗告費用は相手方らの負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由並びに相手方らのこれに対する答弁及び主張は別紙のとおりである。

二そこで判断するに、本件においては、原決定の理由(原決定二枚目表二行目冒頭から三枚目表四行目末まで)と同一の理由で、専属的合意管轄により大阪地方裁判所が専属的に管轄権を有するというべきところ、原決定のいう公益上の必要があるといえるかをみるに、本件本案訴訟と札幌地方裁判所に係属する不当利得金返還等請求事件とは訴訟物が異なり、したがつて、また、争点も異なり、証拠調べの内容も異なつてくると考えられ、そうすると、審理が重複せず、通常どおり審理する必要があるから、大阪地方裁判所で審理するのと差がなく、同裁判所での審理のほうが遅滞するとはいえないこと、相手方ら申請の証人、本人らはいずれも札幌市在住であるが、抗告人申請の証人、本人はいずれも大阪府在住であり、どちらの裁判所で審理しても証人、本人の旅費等に多額の費用を要するが、損害又は遅滞の程度に大差はなく、大阪地方裁判所での審理のほうが著しく遅滞するとは考えられないこと(のみならず、本件手形保証の事実それ自体には実質的に争いがなく、争点は時効消滅の有無、前記覚書によるその支払義務の有無であるから、相手方らの申請予定の証人のうち安江証人、石川証人の必要性には疑問がある。)、後者の点は、相手方中田福太郎の病気、相手方らの企業規模の零細性を考慮しても、同様であり、以上によれば、本件本案訴訟を移送すべき公益上の必要があるとはいえない。相手方らにとつて、大阪地方裁判所での審理は、札幌地方裁判所での審理に比し、費用がかかるであろうが、それはただちには公益上の必要を肯認させる事由とはならず、その点は専属的管轄を合意したのであるからやむをえない。なお、相手方らは、抗告人の主張する損害賠償、約束手形金の各請求が認められない旨を移送の一事由として述べるごとくであるが、抗告人の主張が認められるか否かは、管轄の決定に関係のないことはいうまでもない。

三よつて、本件移送の申立てを認容した原決定を取り消し、本件移送の申立てをいずれも却下し、抗告費用を相手方らに負担させて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官阪井昱朗 裁判官若林 諒)

別紙一 抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、本件移送申立を却下する。

又は、大阪地方裁判所に差し戻す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、著しく訴訟の遅滞を生ぜしめる恐れがある旨判示し、その理由として、相手方らの申請予定の証人四名と相手方ら本人二名合計六名がいずれも札幌市在住であること及び相手方中田福太郎が病気のため遠隔地への出頭に到底耐えられないとしている。

しかしながら、相手方の申請予定の証人四名は、いずれも本件の争点とは全く無関係である。此の点について、原決定は何ら判示することなく漫然とその取り調べを前提としている。右証人らは、札幌地方裁判所に係属中の後記事件における争点である健康保険法及び厚生年金保険法違反の有無に関するものである。本件の争点である継続的商品売買基本契約書に基づく契約違反とは全く関係がないのである。

又、相手方中田福太郎が仮に病気のため遠隔地に出頭が期待出来ないとしても、札幌地方裁判所へ出張或いは嘱託尋問をなすこともでき、出頭不能の場合臨床尋問の方法によることもできる。これが為に訴訟が著しく遅滞を生ずるとは到底考えられない。

元来、本件の如き専属的管轄合意は、相手において管轄上の利益を予め放棄しているものであって、たやすく裁量移送を認めると本来の合意の趣旨が奪われる結果となる。証人や本人の取り調べの必要上裁量移送を認める場合、著しく遅延を生ずるという特段の事情がなければならない。単に証人等が札幌市在住ということで右の如き著しい遅延ということは考えられない。原決定の如くであるならば、隔地者の専属的合意管轄は全く否定される結果となる。

二、原決定は、当事者間に札幌地方裁判所昭和六一年(ワ)第一三九八号不当利得返還請求事件が継続していて、裁判所も当事者も事実上重複した訴訟上の活動を余儀なくされ公益に反するという。

前述の如く、両者争点を全く異にするのであるから重複ということはあり得ない。同じ当事者間において訴訟事件が他にあっても、争点が異なれば当然別個に手続きを進めるべきものである。かかる移送の理由とはならない。

三、原決定は、相手方らに対し旅費等に多大の費用を要し、著しい損害を蒙ることになるばかりか、訴訟の防禦権の行使を事実上不可能とし、著しく公平を失する恐れがあるという。

相手方らにおいては、前述の如く専属的管轄合意により、予め管轄権の利益を放棄していること、相手方らは少なくとも事業経営者としての経済人であること、本件の基本契約書に基づく取引状況等からみれば著しい損害を蒙るとか防禦権の行使を事実上不可能とすること等は誇張以外の何物でもない。

四、よって、原決定は取消さるべきである。

相手方らの意見書

第一、抗告の趣旨に対する答弁

本件抗告を棄却する。

との決定を求める。

第二、抗告の理由に対する答弁

第一ないし第四項は争う。

第三、抗告の理由に対する反論

一、抗告人は第一項前段において「相手方申請予定の証人四名は、いずれも本件の争点とは無関係である」旨主張する。

しかし右証人らはいずれも本件の争点と重大な関係がある。次に各証人の本件争点との関連性を述べる。

1、証人安江博は本件手形(甲第二号証…以下、疎甲号証と看做す)の振出人である丸万商工株式会社(以下、丸万という)のもとの代表者である。立証趣旨は本件手形の振出日が昭和五二年八月頃であること、抗告人から仕入予定の商品代金を保証するために振り出した担保手形であること、振出日、支払期日各空欄の白地手形を振り出したものであること、右補充権の期限は遅くとも右振出日から丸万の解散登記日頃である昭和五三年二月頃までであること、相手方中田昭吾は申立外安江博とともに本件手形に手形保証をしたものであること等である。

2、証人石川雅一はもと丸万の経理担当者であって、本件手形提出当時の事務担当者である。立証趣旨は前記1と同じであるが、経理事務の面から立証しようとするものである。

3、証人阿部欣二は相手方北陽の前身である申立外協和産業株式会社北海道営業所(抗告人と実質的には一体の会社、以下、協和という)及び同ヨドパック商事株式会社(前同)時代から抗告人に雇用されて、相手方らと行動を共にしてきたもので、後記経緯等の詳細に精通しているものである。立証趣旨は抗告人と相手方らの継続的商品売買契約(以下、基本契約という、甲第一号証の一、二、乙第五号証)の成立経緯と本案損害賠償請求事件が成立し得ないものであること。

4、証人高橋唯之は松田税理士事務所に勤務するものであって、右阿部証人と同様、協和時代から相手方らの委任を受けて経理事務の処理を担当してきたものである。立証趣旨は前記3と同一であるが、経理面から立証しようとするものである。

二、抗告人は第一項後段において「著しく遅延を生ずるという特段の事情がなければならない」旨主張する。

前記相手方らの証人のうち、安江証人と石川証人はともに丸万が昭和五三年二月頃事実上の倒産により解散手続をとったころ失職したものであり、大阪地方裁判所で審理することとなれば、その出頭を確保することは全く困難である。また阿部、高橋各証人についても、その出張旅費日当等を零細企業である相手方らが負担することは殆ど不可能である。因みに相手方北陽株式会社(以下、相手方北陽という)の現実の営業活動を支えているものが、代表者中田昭吾、証人阿部、女子事務員の富樫の僅か三名であることからも、相手方北陽がいかに零細企業であるかが明白であろう。従って、大阪地方裁判所で審理することとなれば、前回の為替手形金請求事件(御庁昭和六一年(ワ)第五〇号事件)と同様相手方らは、抗告人の主張がいかに不当であっても、またいかに抗弁事由があっても、その訴訟を維持することができない。けだし、相手方らは前回の事件において、訴訟外の和解成立を願って一回限り訴訟代理人荒谷弁護士を大阪地方裁判所へ出頭させたが、その後は出張旅費の負担ができず、同代理人を出頭させることができなかった。その結果、相手方らは相手方中田福太郎を除いて、右訴訟に全面敗訴せざるを得なかった事情がある。

その後、抗告人は相手方北陽に対し、仮執行付手形判決に基づき強制執行をなした。相手方北陽はこれに対し、手形元本金一六四〇万円余とその利息金一〇九万円余全額を支払った。従って、相手方らは前記の事情から、右手形事件において主張した抗弁を不当利得金返還等請求事件(昭和六一年(ワ)一三九八号事件)として、札幌地方裁判所に訴を提起し、現在同庁において継続審理中である。従って本件が大阪地方裁判所に移送され審理されるとするなら、相手方らは前回の為替手形金請求事件の場合と同様、右同庁に出頭できないことになり、本案訴訟の維持は不可能となることは必至である。

三、抗告人は第三項において「本案の事件と不当利得金返還等請求事件とは争点を全く異にする」旨主張する。

しかし、抗告人の右の主張は誤りである。結論からいうと、不当利得金返還等請求事件は窮極のところ、争点を同一にするものである。すなわち、不当利得金返還等請求事件は本案の損害賠償等請求事件提起の動機であり、原因行為であり、証拠関係もまた同一にするものである。

ところで、不当利得返還請求の争点は、「覚書1、2項に基づく会社負担分の社会保険料支払」の当否である。相手方北陽は、その従業員が実質的には抗告人の従業員であったのであるから不当利得に基づき返還を求めるのが妥当であるか否かである。これに対し、損害賠償請求事件の争点は相手方北陽が抗告人に対し、「商品の発注をしないのが基本契約に違反するか否か」である。不当利得の請求は、最初、抗告人の為替手形金請求に対する相殺の抗弁事由(疎乙第一五、第一六号証、第一七号証一、二)であった。その後、相手方らは前記事情から大阪地方裁判所へ出頭できないため、右事件に全面敗訴し、右事件について強制執行を受け、約束手形元利金全額を抗告人に支払った。そこで前記抗弁事由を不当利得金返還等請求事件として札幌地方裁判所に訴を提起し、現在同庁に係属、抗告人側の証人村田一について昭和六二年六月一五日主尋問を終える段階に至っている。ところで、相手方らが右不当利得の訴を提起しなければ、抗告人は本案の損害賠償等請求事件は提起しなかったことは明白であった。そうだとすると、不当利得金返還等請求の訴は損害賠償請求の訴の動機であり、原因である。損害賠償請求事件の審理について、抗告人は昭和六二年三月一一日付準備書面一、―(四)及び2(一)において、基本契約、覚書、約束手形の攻撃防禦上の関連性を主張しているが不当利得金返還等請求事件は右のうち覚書に関するもので証拠上も共通している。以上の理由によって、本件は不当利得、損害賠償、約束手形金の各事件は事実の根底において争点を一つにするものと云わなければならない。

第四、抗告人(原告)の昭和六二年三月一一日付準備書面に対する答弁

一、第一項1(一)の事実は否認する。

相手方中田昭吾が丸万振り出しの本件手形に申立外安江博とともに手形保証したのは、昭和五二年八月頃である。また、右手形は、丸万の将来の商品仕入の保証のため、担保手形として振り出されたものである(乙第一一号証)。

二、同項1(二)の事実は認める。ただし、協和は形式的には抗告人(原告)の姉妹会社であるが、実質的には抗告人と一体の会社である。

三、同項1(三)の事実のうち、継続的商品売買基本契約を締結したことを認め、その余は否認する。

四、同項1(四)の事実は否認する。

五、同項2(一)、(二)前段の事実は認める。

六、同項2(二)後段、3ないし6は争う。

第五、相手方らの主張

一、損害賠償請求権は根拠なく、約束手形金請求は時効消滅している。

1、抗告人の主張する損害賠償請求事件は、一応基本契約(甲第一号証の一、二)に基づいて請求しているが、右契約には何等の法的根拠が見当らない。相手方らはこのことについて、昭和六二年二月二六日付移送の追加申立書の管轄違いによる移送の申立第一、一ないし三において詳論したので、ここに援用する。つまり損害賠償請求権は成立せず、不存在なのである。

2、抗告人の主張する約束手形金についても、それは消滅時効により完成しているものである。なお、商事上の連帯保証債務も時効で消滅していることから、手形上の利得償還請求権も時効消滅している。相手方らは将来の本案の裁判において右手形の消滅時効を援用する積りである。本件に関する詳細も前記移送の追加申立書第一、四において詳論しているので、ここに援用する。

二、以上の理由によって、抗告人の即時抗告にはその理由がなく、棄却を免れないものであり、その旨の決定を求める次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例